2011年4月24日日曜日

試作品大国の日本

福島第一原発の事故が長引く中、東京電力と原子力保安院はアメリカのiRobot社製のロボットを導入した。iRobotというのは、自動掃除機である「ルンバ」で日本でもなじみのある会社だが、その本業は戦場で利用されるロボットを開発・製造する軍需産業である。

一方、日本はロボット大国といわれる。筑波大学発のベンチャーであるサイバーダイン社が進めるHALのロボットスーツや、自動車工場などで使われる工業用ロボットでは世界最高峰の技術水準と国際競争力のある国である。また、ロボットとしての有用性が疑われる二足歩行ロボットの分野でも世界最先端のレベルに行っていると思われる。

にも関わらず、原発事故という人々の生命や社会秩序にかかわる問題を解決するロボットは実用的なものを持っていない。実は、日本も原発事故用のロボットを開発した過去がある。かつてスリーマイル島事故があった時、また、茨城県東海村でJCOの事故があった時に原発事故対応のロボットが開発された。しかし、それが実用化されることはなかった。

しばしば、この理由が「原発は事故が起こらないから、そんなロボットは必要ない」という説明がなされる。それもその通りなのだが、他にも理由があると考えている。それは「試作品大国」としての日本という側面だ。

日本の技術開発は、主として経済産業省や文部科学省が進めている。ロボット開発についても、介護用ロボットなどは厚生労働省が支援していることもあるが、主として経産省と文科省が支援している。この二つの役所は、いうまでもなく、原発を推進し、原子力の研究開発に関与している役所でもあるが、この点はまた別の機会に話をするとして、今回問題にしたいのは、この二つの役所が目指すロボット開発は大きく二つの流れを持つということである。

一つは、経産省が進めるロボット開発は、基本的に将来的な商業的価値や産業的なインプリケーションのあるものに焦点が当たっている。さまざまなロボット開発がすすめられ、経産省傘下の産業総合研究所(産総研)がメッカとなっている。ここでは、新しいロボット技術が商業的、工業的に役に立つことを目的としている。そのため、原発事故など、滅多に起こらない事態に対処するような研究開発は積極的には行われない。なぜなら、それはあまり売れないものだからだ。

逆に、文科省が進めるロボット開発は、基本的に「研究開発のための研究開発」で終わることが多い。つまり、文科省が進めるプロジェクトとは、「ほかの国ではやっていないもの」「技術的にチャレンジングであるもの」であれば予算がつくが、「このロボットが役に立つ」ということでは予算はつかない。そのため、大量の試作品ができ、技術水準ばかり上がっていくが、実用に足るロボットはついぞ生産されない。

まさに、今回の原発事故を受けて、そうした「役に立つ」ロボットが存在せず、技術はあるのに実用に足らないのは、こうした試作品の山ばかり作ってきた結果なのである。

宇宙開発でもそれが見事に表れている。先日、電源が停止した「だいち」という地球観測衛星は、震災直後の東北地方の画像を撮影し、災害の復興に貢献していると豪語している(JAXAのプレスリリース)。しかし、その「だいち」は震災から一カ月たった4月22日に電源が止まり、使えなくなっている(JAXAのプレスリリース)。これでは、災害からの復興に貢献できない。

「だいち」はもともと「技術試験衛星」として開発され、その寿命は3年とされていた。すでに「だいち」は打ち上げから5年となっており、その意味では良く頑張った衛星であり、優れた衛星である。しかし問題は、実用に役に立つ衛星であるなら、最初から3年という設計寿命の設定にはならないはずである。その設計寿命の設定は「研究開発衛星だから打ち上げて動くことが確認できれば、もうそれで目的は達成され、それ以上の運用はお金の無駄」という理由で設定されている。つまり、実用に足る衛星として作る気が最初からないのである。

にもかかわらず、JAXAは「社会に貢献している」ということを前面に出している。確かに、「だいち」が提供する2.5メートルの分解能(解像度)の衛星画像は社会に貢献するデータである。しかし、本当に社会に貢献するつもりであれば、なぜ3年という短い設計寿命にしたのか、という問いに答えることはできない。

その問いに対する答えは「JAXAは研究開発機関であり、実利用のための運用をする機関ではない」ということがあるだろう。しかし、それであれば「社会に貢献する」などという必要はないのである。この辺のあいまいさ、中途半端さが気になる。

また、仮に研究開発のために作った衛星で、3年で寿命が終わることが想定されているとしても、社会に貢献する衛星であれば、なぜそのあとに「だいち2号」や「だいち3号」ができないのか?実は、こうした衛星の計画はすでに2009年の「宇宙開発基本計画」で出されている。しかし、政権交代があったことや、日本の財政事情、そして何よりも、文科省とJAXAは同じような衛星を作るよりも新しい衛星を作りたい、という理由で反対した結果、「社会に貢献する」だいち2号やだいち3号はいまだに着手されていない。

要するに、ここで言いたいことは、研究開発を進めたい技術者や、それによって予算を得ようとする文部科学省は、役に立つものを作るための予算よりも、これまでに存在しない、新しい技術を得るための予算がほしいのであり、そのため、試作品はたくさん作るが、実用に足るものは全く作らない、という結果になるのである。

経産省は実用に足るものしか作らないが、それは商業的・産業的な影響があるものに限られ、文科省は役に立つという建前をかざしながら、新しいものを作るということしか興味を持たない。それが「試作品大国」としての日本を生み、今回の原発事故のように肝心なところで、「ロボット大国」でありながら、アメリカの軍需産業によって鍛えられたロボットに依存しなければならなくなっているのである。本当にこれでよいのだろうか?

4 件のコメント:

  1. 同感です。また3年というのが科学研究費の評価の期間と一致するのは偶然なんでしょうか(笑)。穿った見方をすれば、"私たちは国のお金をちゃんとつかったんだよ.....その結果はこの通り.....役に立ったでしょ”という風に見えてしまいます。
    さらに、”3年だったのが5年も使えちゃったし....." とも見えるのがいやなところですね。

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  2. さらに、うがった考え方をしますと、日本が技術力を世界に示すいい絶好の機会と思います。なぜなら、過酷な環境で実際に耐えた製品や技術こそが最も優れた評価を受けると思うからです。
    机上の議論ではない、高い放射線環境にも耐える自律的な機械や遠隔操作技術を世界に知らしめるいい機械ではないですか。
    チェルノブイリでは、人海戦術で戦ったが、日本は高度でかつ実用的な科学技術で戦ったことを示すことこそが日本の再生につながると思います。

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  3. コメントありがとうございます。今回が実際に技術を利用したケースになってくれればよいのですが、残念ながら、実際の危機の時には、現場経験がものを言います。つまり、有事になって、いきなり使うのはリスクが大きすぎるので、普段から使っていて、その性能が保証され、成果が期待できるものを使いたくなるものです。なので、こうなる前に、普段から利用されるような使い方(別に原発事故でなくても、原発の点検やビルの倒壊現場など)をしておく必要があるものと思います。アメリカやフランスなど、他に実績のあるものがあると、結局、日本の原発事故であっても、日本のロボットは使われないのです。結局、東電にとって大切なことは国籍ではなく、結果を出すことですから。

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  4. まさにその通りです。 一例を挙げれば、自衛隊の90式戦車、多彩な装備と最新の制御システム、しかし、実戦経験が一度もありません。実戦経験のない戦車と実戦経験の豊富な他国のシステム、技術開発の見地からは必要という議論もあるでしょうが実用性という観点ではイスラエルのメルカバでは評価は自ずと知れていると思います。話がずれましたが、なんとか、日本の企業も積極的に実践的な利用をして、開発していってほしいと思います。

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