2013年9月13日金曜日

イプシロンを巡る諸問題



大変長い間、ブログの更新をサボっていましたが、アメリカでの研究生活を終え、帰国してようやっと元の生活に戻りつつある中で、そろそろ再開しなければと思い、久しぶりに筆をとっております。といっても、今回は、あるメディアの方から頂いた、イプシロンに関する質問にメールで答えたものを転載しているだけなので、「筆をとる」というほど大げさなものではないのですが…。

8月末の打ち上げが「中止」となったことで、ブログに出すタイミングを失っていましたが、9月14日に打ち上げが予定されており、うまくいけば当日のテレビや翌日の新聞にはイプシロンを巡る記事が溢れると思うので、今のうちに掲載しておこうと思います。以下のメディアへの回答は長いので、全文が掲載されることはないと思います。なので、ここで発表してしまっても問題はないと判断しています。

では、以下にメディアへの回答を転載しておきます。

・イプシロンの評価について

イプシロンについては、これまでのM-Vのコスト高を是正するという一点に集中して開発され、モバイル管制を含む、様々な革新的技術を実現するロケットとして、評価することはできます。

しかし、それは単なる技術面での評価であり、日本のロケット戦略、宇宙政策全体から見ると、果たして日本に固体ロケットが必要なのか、H-IIA/Bおよび新型基幹ロケットが開発される中で、日本にそれだけ多くのロケットを持つ必要があるのか、商業市場に参入するとしても、果たしてイプシロンが内之浦から打ち上げられることを前提にするとそうした商業的な競争力は射場設備も含めて十分なのか、さらにはミサイルと同等の技術であり、人工知能による打ち上げ管理など、極めて自律性の高い技術を導入する固体ロケットは、外国から見てミサイルの開発と疑われることはないのか、とりわけ中韓との関係が悪化している中で、また北朝鮮が核・ミサイル開発をしている中で、日本がイプシロンを今、この時期に打ち上げることが外国に対してどのようなメッセージとして伝わるか考えているのか、など、様々な点で疑問が残るロケットだと思っています。

ですので、個人的にはイプシロンは技術先行型の優秀なロケットではあるが、政策的にきちんと位置付けられておらず、むしろマイナスの側面もあるロケット、と評価しております。

・他国のロケットとの競争について

ドニエプルだけでなく、ロコットなどもあり、小型ロケット市場で勝負するのは難しいと思います。ドニエプルもロコットも元々はソ連のICBM技術の応用ないしは、ICBMそのものの流用であり、コスト面ではどう頑張っても太刀打ちできないところがあると思います。また、小型ロケットの市場となると、科学衛星や安全保障に絡む偵察衛星などが中心となるかと思いますが、日本にはそれだけの数の科学衛星がなく、仮に、現在、開発を検討している海洋監視衛星をイプシロンで上げるとしても、十分な実績を積むほどのチャンスはないかもしれないと考えています。時折、イプシロン関係者からは、コストの削減による商業市場への参入、といったことが聞かれますが、きちんとした市場調査をした形跡もなく、どのくらいの需要を見込んでいるのか、ということも定かではありません。ですので、現時点ではロシアのロケットと勝負するのは難しい状況にあると考えています。

・将来の打ち上げ計画について

最終的に、このイプシロンがどのような意図や目的をもって開発されたのか、ということを考えると、搭載する衛星が日本国内で2機しかなく、将来的に海洋監視衛星を打ち上げるとしても、極めて限られた数しかない、ということは、このロケットに実績を与え、国際市場で競争させるという意図はあまり感じません。

むしろ、イプシロンは、ISASJAXA宇宙科学研究所)がM-Vを失ってから、何とかISASのロケットを復活させたいと考えている人たちによって強くロビイングされ、文科省もそれを受けて開発していったものと見ています。また、それを支えた論理として「固体ロケット技術は将来のミサイル技術になりうるものだから、維持しなければならない」というものがあり、この論理で考えている政治家や産業界の方々によって支持されてきた結果であるともいえます。確かに固体ロケット技術はミサイル技術に転用可能な技術ですので、将来、日本が弾道ミサイルを開発するという戦略的なビジョンがあるなら、そうした技術を保持することは大事だろうと思います。しかし、現在進んでいる憲法改正の議論においても、敵基地攻撃に弾道ミサイルを使うといったところまで議論が進んでおらず、先制攻撃の手段であり、また抑止の手段である弾道ミサイルの技術の維持という論理は、かなり危ういものがあると考えております。

技術開発をしたいと願う人達が、こうした危うい論理をおもちゃにして固体ロケット開発をしているということであれば、ちょっと危険な火遊びのようにも思います。もちろん、これはあくまでも憶測ではありますが、全く根拠のない話ではないと考えています。

・今後の課題

イプシロンの持つ、革新的な技術は、これからのロケット開発において、大変有用なものであり、これをどう生かしていくかということが課題になると思います。しかし、上述したように、ミサイル技術としての性格を持つ固体ロケット技術を深化させていくとなると、無用な誤解を与える可能性もあり、ただでさえ、近隣諸国との関係がうまくいっていない現在、こうした無用な誤解が変な方向に発展する可能性もあります。それゆえ、きちんと政策的な意図をはっきり打ち出し、他国の懸念を払しょくする、ないしは、他国に懸念を抱かれないようにするための政治的なアクション(ジェスチャー)が必要だと思います。これまで宇宙開発は、ややもすれば技術者の論理が優先し、そうした国際政治や安全保障の文脈が見過ごされてきた側面があると考えています。宇宙基本法が成立して、宇宙と外交、宇宙と安全保障のリンクが強まった現在、そうした側面からの分析、考慮というのも必要になると考えています。これはイプシロンの課題というよりは、今後の日本の宇宙政策の課題だと思っています。

2 件のコメント:

  1. イプシロン
    固体燃料ロケットの技術や技術者・製作工程は、途絶えさせると
    それらの復帰や高いレベルに戻すには時間と余計なコストが掛かります。
    コスト・リソースを注ぎ込み開発してきた今までの、技術の蓄積を”ある面無駄”にしても良いとお考えなのでしょうか?

    また、目先の打ち上げが無い事を問題視されてるようですが、
    ロケット含む宇宙開発と言うのは、常識的に十年~数十年スパンで開発・運用するものです。
    あなたの言う”目先”で言えば固体燃料技術はH3等のブースター等にも即応用できますし、
    発射・運用技術はH2xにさえもフィードバックは可能でしょう。

    加えて(宇宙開発では常識的なスパンの)将来には、
    東南アジア等途上国含め多くの衛星の打ち上げが期待できます。

    軍事面
    ”中国等に誤解や脅威を与える”と書かれていますが、何が問題なのでしょう?
    脅威と言う面では中国など周辺国の軍事力の増大や
    日本に向けて実際に配備さえれている核ミサイルに比べれば砂粒程度のものですよ?

    日本からミサイル技術や米軍基地など、軍事的要素を取り除けば
    中露等は核ミサイル等含む、対日軍事力を無くすとでもお思いでしょうか?

    愚問ですね。

    日本は高度な核技術や固体燃料ロケット技術があることを示しておければよいのです。
    日本の領土に侵攻する意思など、露ほども持たない方が”身の為”だと思わせる最低限の。

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  2. 固体ロケットの技術のどの要素を維持するかどうか、という点で考えるとSRBの開発・製造を続けるだけで十分、という見方もできるし、それではミサイルとして転用できないので不十分、という見方もあるかと思います。しかし、そこは国家にとって、何を優先順位とし、どこに限りある資源を投入するのか、という判断が伴っていなければなりません。過去に開発した技術であっても、国家として優先度が低く、それを維持するコストがリターンを上回るようであれば、止めてしまってもよいと思っています。

    ただし、誤解のないように申しておきますが、私はイプシロンとか固体ロケットの開発を止めるべきだ、と主張しているわけではありません。将来的な弾道ミサイルの開発につながる技術だから維持しなければいけない、というのであれば、変に「商業市場に打って出るロケット」とか「人工知能を用いた、新しいロケット」といった目くらましの議論をするのではなく、日本がなぜ固体ロケット技術を維持しなければならないのか、そのコストはリターンより低いと考えられるのか、国家の優先すべき政策はなんなのか、という議論をすべきです。その議論なしにイプシロンに限らず、様々な宇宙技術の開発を進めていくのは納得がいっていない、というのが私の意見です。

    日本が中国やロシアと対抗するだけの軍事力(ないしは潜在的抑止力)を持つべきだ、という意見に反対しているわけではありません。しかし、単に技術だけあっても、それがミサイルになるわけではありません。大事なことは、きちんとした国家安全保障戦略を作り、その中で弾道ミサイル技術も必要だ、という理屈付けをきちんとし、その上で開発していくという手順を踏んでいくことだと考えています。

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